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THE・雑念

メインブログには書かないどうでもいいこと。

バカになる方法

コンプレックス克服

私は本当に小学生ぐらいの頃から「バカになりたい」と思ってきた。

自分で言うのもおかしいけど、すごく頭の良い子供で、小さい頃は「人間ってなんだ?」とか「何の為に私たちは生きているのか?」とか、「宇宙は端っこまで行くとどうなっているのか?」「人生ってなんだ?」みたいなしょうもないことを延々と考え続けていた。

暇があれば哲学にふけった。

我ながら気持ち悪い子供だったと思う。

 

高校生の頃、師匠(美術の先生)が、「もうお前はアホというよりバカだな!バカ!!」と、まるで「アホ」の上位互換が「バカ」みたいな言い方をして笑っていたのだが、それにモヤッとした違和感を覚えた。(※この時の「お前」は私ではない。)
それが何かは当時は解らなかったが、今改めて「アホ」と「バカ」の違いは何か?って考えたら、結構明確に違うんじゃないかと思った。

 

 

先ほど書いた通り、子供の頃からバカになりたかったのでそれを目指してずっと長い時間かけて自分を変えてきた。

変に頭が良く、しかもそうであるという事が私の周りに居る人たちにとっても当たり前の事で、私が何かふざけた事をしでかしたら、たぶんそれを見た人たちは私を病院にぶち込むか二度と口を聞いてくれなくなっただろう。

そうだと思っていたので怖くてできなかったが。

 

「頭の良い子供」というのは、ただ単に学校の勉強をこなせる、テストでいい点数を取れる、まじめで大人たちの言う事をちゃんと聞く、という、まるで下僕か家畜か都合の良いロボットだという事であって、けして自分の得意分野を伸ばして生き生きと楽しんでいるというわけではなかった。

それがつらかった。

なので、変わりたかった。

 

テストでいい点数を取れば普通であれば誰かに褒めてもらえるものだろう。

もちろん、私も本当に最初の頃はそうだったかもしれない。

だが、それが当たり前になると何も言われなくなる。周囲が冷たくなるのだ。

そしていつしか、「自分はいい点数を取れる人間なんだからいい点数を取らなければならない」というガチガチのセルフイメージが出来上がる。

テストの点数の事に限らない。すべてがそうだ。できて当たり前。

できない自分は周囲から居ない事にされる

 

だんだんと自分を表現する事が下手になっていった。

今思えば意外にも書道の先生がいち早く私の異変に気付いてくれていたかもしれない。

「あれ?なんか字、小さくなったね?前もっと大きくなかった?」

 

人の大勢いるところに立てば足が震えて折れそうなくらいだったし、好きな人が近くにいれば汗だくで真っ赤になっていた。人前で字を書くのも震えた。

今思えば完全にあれは病気だったが、精神的な病気に関する情報など何もない時代だったから、そのまま誤魔化し続けてなんとか乗り切った。

 

「バカ」

バカというのは私にとって憧れだったが、じゃあどういう人が「バカ」なのか?どうすればバカになれるのか?解らなかった。

その悩みに一筋の光を与えてくれた人物が「所さん」だった。

そう、タレントの所ジョージさんである。

 

所さんのことはもちろん以前からずっとテレビで観ていて知っていた。

マジカル頭脳パワーで誰よりも早く回答する、スゴイ人。

当時はそのくらいのイメージしかなかった。

 

だがある日、書店に行った時、所さんの書いた本を見つけたのだ。

写真がいっぱいで、分厚い。

気の抜けた文字。

なんて面白いんだろう!!!

 

その日から私は一気に所さんのファンになり、所さんを心のメンターにした。

 

 

それから数年。

今、私は確実にバカです。

 

頭が良すぎて、真面目すぎて、気を抜きたいのに抜けなくて、変なところにこだわって、イライラして、自分は暗い人間でいない方がマシだ。そもそも健康もままならないし生きている意味は医療費払って医者の経済に貢献するぐらいしかない悔しい。と、嘆いて過ごして来たけれど。

それこそ馬鹿馬鹿しい。

 

「バカ」というのは人を幸せにするものだ。

自分も、周りも。

対して「アホ」というのはどこかこう、自分勝手で独りよがりで、迷惑かける人のことを言うんだと思う。悪いという自覚が無いというか。

そう考えると、かつての私はアホだったのだ。

自意識過剰で自己肯定感が極端に低く、周りなど見えていない。すべてをシャットアウトして世間と隔たりを作って冷たくカチコチになって身を守っていた。

 

例えるなら、「バカ」は太陽で、「アホ」は虫ではないかな?

 

 

バカになるためには、自分が今まで持って来た嫌な過去に手を振ること、握り締めていたものを手放すこと、自分を毎日褒めること、好きなものを毎日見つけること、自分の作品を愛すること。

 

そして、心のメンターを見つけること。

自分のなりたいイメージで生きている人が何処かにいたら、きっと道は拓けていくのでしょう。